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1-10 翔の父親

last update Last Updated: 2025-02-28 22:32:45

――その日

翔は久しぶりに海外支社に赴任中の社長である父親とPC電話で会話をしていた。

『どうだ、翔。本社での様子は?』

「はい、今のところは競合他社よりは我が社の方が同価格でも年間にかかるコスト費用を考えれば安く抑えられると相手側企業が判断してくれた為、我が社との取引を決断していただく事が出来ました」

「そうか。それは良かったな。ところで翔。今から話す事は社長と副社長としての会話では無く親子としての会話だと思って答えてくれ』

急に翔の父親は声のトーンを変えてきた。

「ああ。分かったよ。父さん。で……話って何?」

『翔……お前結婚したんだってな?』

ああ、やはりその話かと翔は覚悟を決めた。

「そうだよ。相手は26歳の須藤朱莉って名前の女性だよ」

『全く……何て勝手な事をしてくれたんだよ。会長はカンカンに怒っているんだぞ? 何故父親であるお前がちゃんと見張っていなかったんだ。監督不行き届きだと会長に怒られてしまったんだからな?』

「ごめん……父さん。俺はどうしても勝手に結婚相手を決めて欲しくは無かったんだ。父さんのようにね……」

すると翔の父は顔を歪めた。

『翔……お前……やはり私の事を責めているのか? 勝手にお前の母さんと離婚して他の女性と再婚したことを』

「いいえ、まさか。だって会長の命令だったんですよね? 仕方が無いですよ」

それに―口には出さなかったが、翔は心の中で思った。

(父さんが再婚してくれたから……俺は最愛の女性と知り合う事が出来たのだから)

最愛の女性……それは明日香の事である。

 元々翔の父親は学生時代から交際していた恋人がいた。

2人は卒業後に結婚の約束をしていた。しかし、父親……翔の祖父から猛反対をされたのだ。それでも翔の父は言う事を聞かず、2人は強引に結婚した。結局祖父が折れた形となったのである。

やがて2人の間に翔が誕生した。3人での生活がいよいよ始まるという矢先、祖父は翔の母親に対して離婚するように迫ったのである。もし息子を置いて家を出ないのであれば、強引に養子縁組を結んで翔を自分の息子として手元に置くと。

翔の父は何とか妻を守ろとしたが、結局周囲の圧力に耐えかねた翔の母は離婚届に判を押し、泣く泣く1人で家を出たらしい。

そしてその数年後……精神を病んだまま、実母はこの世を去る事となった。

 祖父は息子の離婚が成立すると同時に、大々
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